2012年12月18日

選挙

衆議院選挙が終わりました。

まぁ、今回の場合、事前にほとんど予測がつくような内容だったので
あんまり結果に興味はわかなかったところ。

でも、同世代のいろんな人が、
「こんなに右傾化しているとは」
「ここまでとは思わなかった」
「予想外」
という反応をしているのを見て、
さて、一体どう考えればいいのかなあと思ったわけです。

まあ、個人的には前回の政権交代時に、
ここで失敗したら二度と政権交代できないくらい壊滅的なことになると思っていたうえ、
「失敗」というのが「結局自民党と同じじゃん」という反応を起こすようなこと、
簡単に言えば「クリーンで新鮮なイメージを崩すこと」だと思っていたので、
小沢さんのグレーなお話が登場したあたりで、もう無理だろうなと思っていました。

で、何故今回こんな結果になったのか。

いろんなテレビや新聞なんかで分析が出ていますが、
個人的な意見をば。

最大の理由は「結局多くの日本人はそれなりに余裕がある」ということ。
そして「最近の社会を動かす大きな動機が「ずるい」という感覚である」ということ。

この2点でしょうか。


前回の「社会保障」や「格差・貧困」「子育て社会化」といった大きなうねりはどうなったの?
→もともと、「リスクを社会で共有しよう」「生存権の保障を」というような
理念に共感した人が少なかったということでは?
むしろ報道などの影響で「かわいそうな人たち」が作り出され、
「かわいそうだから」という理由で、結果的に共感が得られただけ。
だとすれば「全然かわいそうじゃないじゃん」という事例が出るほど
「ずるくない?」という反感が増えてゆくのは当然のこと。

同様に、既得権に対する「ずるい」という感覚は
みんなの党や維新への票になったのでは?


余裕なんかなくない?
→確かに、他者に非常に寛容になれるほどの余裕はない。
でも、「日本に元気になってほしい」「日本の経済に勢いを取り戻してほしい」と
個々の平穏な生活よりも、「日本」という単位での勢いを重視しているあたり
それなりの余裕もありそう。
本当に余裕のない「俺の生活どうにかしてよ」という声よりも
「日本をどうにかして」という声が大きいのは、切迫したところまではいっていないことの裏返しでは。
(勿論「日本が良くなれば俺の生活もよくなる」という意見はあるだろうけど、
日本が良くなるのを待てる=現状維持でもやれないことはないという余裕はあるということでは)


外交は?
→領土問題に本格的な危機感を感じている、
例えば、本当に日本が乗っ取られるというように思っている人が多数派というよりは、
「あいつら図に乗ってない?」くらいの感覚の人の方が多数派なのでは。
今までは日本よりも全然下だと思っていた中国や韓国が
いつの間にか経済的な「勢い」をもって、ちやほやされて、
日本に対して、ちょっと調子に乗った態度で出てきてる。
だから、ここら辺で「調子乗ってんじゃねえよ」という必要がある。
このくらいの感覚な気がします。

昔に戻したいの?
→公共事業なんかの話が出てますが、
多分、単純に昔のようなばらまきに戻せばいいというのは多数派ではないでしょう。
でも、「せめてバブルのころに戻してもらって、あの頃の勢いを取り戻したい」
若い人にとっては「昔はバブルってのがあって日本はちやほやされてたらしい。
中国や韓国のせいで損した分、俺たちもその頃のような勢いある日本を経験したい」
というくらいの感覚で「古き良き日よ、もう一度」というのなら十分ありそうです。
以上だったと言われるバブルの頃の地価や株価と現在を比較する報道が
まだまだたくさんあるところからも、そんな気がします。


だとすれば、自公が次に危険な状態になるだろうものとしては、
ひとつには「既得権益批判」ということで、
昔ながらの業界中心の政治に戻るということになると、
これは、「結局それかよ」ということになりかねない。

ただ、それ以外に関しては「日本を元気にしてくれるなら」という感覚が共有されている間は
ある程度何をやっても大丈夫そうな気がする。
逆に「日本が元気になっても俺の生活変わらないじゃん」と、
再び「個人の生活」に注目が移ると結構厳しいかもしれない。

外交に関しても、「戦争やる」と言い出しても
それなりに支持されそうな気がするのも事実なので、
妥協しなければ安泰なのではないかなあ。
むしろ、妙な取引や弱腰といった批判が出てくると
「ガツンとやってくれると思ったのになんだよ」と言われる可能性はありそう。

ついでにネットの影響に関して。
いわゆる「ネトウヨ」はごく一部だから大きな影響は持たないと
と大学院のある先輩が言っていましたが、
僕はむしろ、ネットの右派的言論は大いに影響があると思っています。
日本でネットが
「建前ばかりで真実を教えてくれない日本社会において
真実を教えてくれるツール」
として受容されてきた側面があるように感じるから、
どんなに、情報リテラシーなんかが叫ばれても
「ネット=真実」という人々の印象はなかなかぬぐえない気がするから。


勿論、前回のことがあるから、安倍さんが政権投げ出しみたいな状態になれば
危ないけれど、さすがにすぐにそういう状況にはならないだろうなあ。

自民党内の内紛というのも危険だけど、
元々「与党」という一点で結束してきた党だから、
バラバラになるところまでは行かなそう。
ありうるとしたら、公明党との関係がうまくゆかなくなって
維新なんかと接近するということくらいかなあ。


ちなみに、「右傾化」という批判については、その通りだと思うし、
国民的に「右傾化っていうけど右傾化じゃない」という意見が強そうなところには
危機感も持っています。

原発に関しても、再稼働には反対ですが、
これも「日本の経済のため」と、「日本」という単位が表に出てきてしまうと、
どうしても再稼働反対の支持は広がらなそう。



というわけで、いろいろきな臭いし、短略的な気もするし、
結局人任せっぽいところもあるし、有権者的にどうなの?
という感覚もあるし、
安倍さん自体、「おじいさんの怨念」で動いてるような気配も感じるし、
個人的に危惧するところも多々あるのですが、
「日本」という単位を強調し続け、そこに注目が集まる限り
意外と長く政権が続くのではないかという予感。

政権交代を目指すなら、既得権批判は別として
やはり「個人」もしくは「世界」という単位に国民の関心を集めてゆかねばならないんじゃないかな
と思います。

そんな、選挙の感想でした。

drecom_puni_jp at 00:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 社会 

2012年12月17日

定演2012

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昨日は、後輩たちの演奏会を聴きに行きました。
今年は、幹事学年だった時の六連の会場、
すみだトリフォニー。

今年はロ短調以来の大曲ということでしたが、
オケ付の校歌にはびっくりしました(笑)

現役の皆さま、お疲れ様でした。

08が引退してしまって、もう既にステージ上に乗っているメンバーは
すべて、サークル本体では関わったことのない後輩たちに。

今年コサージュをつけてステージに乗っていたのは、
07が幹事学年の時の一年生、09たちでした。

そっか、この人たちがもう引退なんだなあ
と思うとなんだか感慨深いですね。

09とは直接関わってはいないものの、
祝勝会や稲門会関係で関わりがあったり、
なによりも、07がたくさん09の話をしてくれたので
なんだかんだ言って、普段は会わない孫みたいな感覚でした。

卒団したてでまだ初々しいOBだった頃、
まだ初々しい1年生だったのが09たち。
07が「09の子たちはこんなにすごいんですよ!」
と言って自慢していたのが、もうずいぶん昔なんだなあと思いますね。


来年の幹事は11。なんだか時の流れは速いですね。

あー、合唱やりたい。



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2012年11月14日

感情労働

本日読了

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岸本裕紀子著
『感情労働シンドローム』
PHP新書830 2012年

感情労働とは、
「人を相手にしたシチュエーションで、職務上適切な感情を演出することが求められる仕事」
のことらしい。
肉体労働でもなく、頭脳労働でもなく、
「気持ちの管理・抑制にポイントを置」き、
仕事の中での苦痛、怒り、虚しさ、違和感、不安感といった
「自分の感情をうまくコントロールして、感じよく接し、
相手のプラスの感情を引き出すようにする」のが感情労働だそうだ。

1970年代にアメリカで研究が始まったということで、
キャビンアテンダントの分析からスタートしたとのこと。
接客業一般に、医・看護・介護職、保育・教育、果ては弁護士、一般企業の営業、
さらには職場内での上司と部下、同僚同士といった人間関係までも包括してしまう、
要するに、自分の感情と葛藤するような感情を表に出すことを求められるような労働状態
のことを指すらしい。
ということで、単純に「サービス業」とも同一ではないよう。

そして、そのはざまで、ストレートに自分の感情を出せるわけでもなく、
どういう感情を相手に示せばよいのかに神経を使い、わからず、病んでゆく
そんな状況が非常に多い。

このような広い概念であるため、中身も非常にざっくりしているけれど、
なるほど、と思えることも結構ある。

感情労働、初めて耳にしたけれど、
ちょっと注目しておくことにしよう。

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2012年11月13日

最近読んだ本

ここ1カ月ほどで読了した本たち

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海老原嗣生著
『女子のキャリア』
ちくまプリマ―新書188 2012年

白河桃子・常見陽平
『女子と就活』
中公新書ラクレ431 2012年

いずれも、2012年10月に発売された同じようなテーマの本。
ちょうど学校でも職業を考える月間みたいなのにあたっているので
読んでみました。

同じようなテーマながら、若干主張は異なってくる。
ちくまの方は、自分の仕事上のキャリアを良く考えていきましょうってのが大きいのですが、
中公の方は、仕事・家庭・子どもは20代のうちに基盤を固めましょうという感じでしょうか。

いずれも、自分の人生をしっかりと設計しておこうという点には変わりはないのですが、
ちくまの方が、職業を中心にどのような人生を設計するのかというのが中心なのに対して
中公の方は、家庭、特に出産を中心に人生設計しましょう(あとで後悔している先輩が多いですよ)という主張がどうやら中心のよう。
大学でのキャリア教育を担当しているということなので、
実際のところ、就職の際に家庭というものを重視する学生が多いということなのでしょう。
一方、ちくま新書の方の著者は転職支援などを中心にしているようなので、
やはり、仕事を中心に世の中渡り歩くには…という視点が中心のようです。

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山崎亮著
『コミュニティデザインの時代』
中公新書2184 2012年

元々は建築家だったという著者。
なかなか面白い本でした。
こういういろんな事例を見ていると、
フィールドに出たくなるから不思議なものです。

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真野俊樹著
『入門 医療政策』
中公新書2177 2012年

医療技術なんかはお医者さんに頑張ってほしいところ。
高度な技術なので、しっかりとした勉強も必要。
でも、実は医療だって社会の制度の中で成り立っているのだから、
お医者さんを目指す人たちにも
社会の仕組みや経済の基礎は知っていてほしい
って、中学生や高校生に言っても、なかなか聞き入れてもらえないんですがね。

個人的に、こういう学際チックなのには惹かれます。

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金子勝・神野直彦著
『失われた30年』
NHK出版新書381 2012年

何故、失われた10年、20年と日本は不況から脱却できないのか。
失われた30年にならないためには
ここがラストチャンス!
日本の経済云々という本を読むたびに、
いかに、明治維新以降の日本の歴史の体験が、いかに高度経済成長の体験が
日本人の奥深くまで浸透してしまっているか
実感します。


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2012年09月30日

新しい椅子

作業用の椅子

F1002192Before

   

F1002191 After

小学校入学以来20年以上、学習机とセットだった椅子を使い続けてきたのですが、
基本構造こそしっかりしているものの、そろそろ使用に耐えられなくなってきたうえ、
一部の木材が非常に危険な感じで露出してきたので、
ちょっと奮発して新しい椅子を購入しました!

ビクターインテリアというあの音響機器のビクターの
家具部門というちょっと変わったメーカーの物。
なかなかのすわり心地です。

それにしても、前の椅子、よく21年もの使用に耐えてくれたものです。
21年間ありがとうございました。

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2012年09月22日

昨日読了

1冊目

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三浦展
『東京は郊外から消えていく!』
光文堂新書 595 2012年

マーケティング専門の方だけど、
この方と、山田昌弘・橘木俊詔・香山リカ
あたりの方々は、どことなく重なってきて
非常に、シンパシーを感じます。


2冊目

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派遣ユニオン・斎藤貴男
『シリーズ労働破壊2 日雇い派遣』
旬報社 2007年

ちょっと古い本ですが、
政権交代の頃を思い返すと、
結局派遣問題も、非正規雇用問題も、年金問題も、
やはり、一過性の流行以上の問題にできなかったところに、
大きな弱さがあったんでしょうね。
(もはや、日本で国全体を動かすような一過性ではないものを
探す方が難しそうな気もしますが…)


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2012年09月17日

竹内神社例大祭2012

昨年は、震災と液状化により中止されてしまった
布佐の竹内神社例大祭。
今年は、無事9/15-9/17に開催されました。

今年の当番町は三丁目。

まずは、2日目の様子。
2日目夜の競争は三丁目の御仮屋前で行われました。

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こちらは手前から大和町と二丁目

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反対側に手前から一丁目と上町

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正面左手が三丁目の山車、右手には御仮屋。

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競争が終わると、三丁目と御仮屋に挨拶をして、

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各町内、お互いに挨拶をして、山車が各町内に帰ってゆきます。

最終日は例年通り、ナリタヤ駐車場にて。

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こんな風に並びます。
左から上町、一丁目、大和町、二丁目、三丁目。
当番町の順番で、来年は上町ですね。

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盛り上がっております。

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上町

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一丁目
屋根からいろいろ降ってました。

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大和町
盛り上がっててなかなかうまく撮れない。

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二丁目

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三丁目
今日は神輿があるので提灯などは省略。

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競争が終わると、こんな風に神輿が出てきて
各町内の山車を回り、上町へ移動。いよいよクライマックスへ

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こんな風に各町内の高張を先頭に神輿が神社に向かいます。

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こんな風に道路の両側を、各町内の山車に囲まれる中、

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神輿が提灯の下がる境界線を越えて神社に戻ろうとしますが…

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入るなー、と引き止めます。

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まだまだー

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で、21:00の花火を合図に一気に神社へ戻ってゆきます。
丁跨ぎ。

丁跨ぎが終わると、二丁目から順に引き揚げます。

いよいよ今年のお祭りも終わり。


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二丁目

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大和町


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挨拶を交わして

また、来年。



drecom_puni_jp at 23:37|PermalinkComments(1)TrackBack(0)mixiチェック 我孫子 

2012年09月09日

サドル

自転車のサドルが壊れました。

衝撃度★★★★★

坂道の途中でブレーキが切れた時よりも衝撃度大きかったです。

どんなふうに壊れたかというと…

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ちなみに、正常なサドルはこちら

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違いわかりますか?

サドル取付け部の金属が2本破断していました。

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こんな感じ。

怖っ!!

まあ、17年間も使っていれば劣化しますよね。
サドルを買ってきて修理しました。
ついでに、壊れていた鍵も交換。

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取付け部の金具が破断してしまっていました。

IMG_0294改

1995年製、17年間使っている我が愛車。

既に、前後のブレーキ、ライト、前輪を交換していまして、
今回のと合わせると、随分交換しました。



drecom_puni_jp at 00:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 今日の出来事 

2012年08月31日

無縁社会

昨日読了

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NHKスペシャル取材班編著
『無縁社会』
文春文庫 2012年

元々は、NHKスペシャルで放送され、
その後、単行本になり、
今年の夏、文庫本になったもので、
かなり話題になったものなので、今更感があるんですが(汗)
文庫本になったのを機に、じっくり読んでみました。

「行旅死亡人」をスタート地点に、
人知れずなくなっていった人たちを追ってゆくと、
そこには、さまざまな人の生が垣間見え、
その後ろには「自分も無縁死するかもしれない」と
思っている人もたくさんいる。
でも、必死につながりを作ろうとしている人もいて…

と、「絆」がもてはやされた昨今にあって、
絆が切れてしまう、縁が切れてしまうことは
何も、特別なことではないことなんかが紹介されているわけです。

もっとも、「孤独死」「無縁死」何が悪い、というスタンスだってありうるじゃないか、
「孤独」「無縁」=悪という単純化は、それはそれで問題があると指摘している人もいます。

テーマ上、高齢者が話の中心で、
「地域」とのつながりが切れてしまった、
「家族」とのつながりが切れてしまった、
「会社」を介したつながりが切れてしまった、
その時やってくる「無縁」という状況への恐怖のようなものは
多くの人の共感を得たようです。


今後、高齢化、少子化、未婚化が進むことで、
社会の構造が大きく変わると言われています。
それに対応しないと、どうしようもないくらいの「無縁化が進んでしまう」
そんな訴えが聞こえてきます。

もっとも、震災などをきっかけに「絆」「縁」を大事にしようという風潮もあるので、
状況は少しずつ変わっているのかもしれません。
ただ、「絆」とか「家族の縁」を言ったところで解決できないことが多いのが難しいところ。
経済状況が好転しないと雇用が原因の縁の切れ目はなくならないし、
介護が大きな負担として家族の方にかかる現状を変えなければ、
「絆」を叫んでも限界がある。

うーん、やはりそういう社会の状況を変える、ないし、
収入が少なくても、家族を築き、介護を担えるような仕組み、
そんな状況を生み出さないと、
結局は解決しなそう。

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2012年08月27日

プロメテウスの罠

先ほど読了

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朝日新聞特別報道部編
『プロメテウスの罠』
学研パブリッシング 2012年

朝日新聞に現在も毎日連載されている
原発事故を追った記事「プロメテウスの罠」の
第6部までをまとめた本。

1年以上が経過して、さまざまな報告書が出る中、
あの日起こった「真実」はどんなだったのか、
記者の人たちが、関係者の記憶の断片を寄せ集め、
丁寧に追いかけていることがわかります。

どこか岩波新書の『幻の声 NHK広島8月6日』という
やはり、8月6日に起こったと記憶されている出来事の真実を求めて
調査を続けた末、出来上がった本と通じるところがあります。

既に続編も登場し、まだ連載も続いているので
今後に期待!

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2012年08月26日

地味な西日本限定

ダイドードリンコという
ほぼ自販機に特化した飲料メーカーの
地味な西日本限定品。

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右が全国で販売しているお茶。
左が西日本限定(四国でゲット)!

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全国販売のものは、掛川産100%らしいですが、
西日本限定品は
「鹿児島産71%・佐賀(嬉野)産20%・熊本産5%・宮崎産3%・京都産1%」
だそうです。福岡の八女茶が入ってないのが意外ですが、
恐らく、宇治茶や八女茶はそれだけでブランド品になるんでしょう。

ちなみに、静岡では当然、全国版が売られていました。
どの辺から西に「西日本限定品」が売られているのか気になるところ。
(でも、通販対応品らしいところが何とも言えない…)

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2012年08月25日

残暑お見舞い申し上げます

まだまだ暑い日が続いていますが、
もう、8月25日。8月もあと1週間を切ってしまいました。

皆様いかがお過ごしでしょうか。



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新米が出回り始めていますが、
地元の田んぼもそろそろ稲刈りの時期を迎えそうです。

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この、稲穂の垂れる感じ、好きです。

今日は、我孫子で「かっぱまつり」なるものが開かれていました。

新聞でも話題になっていた復興タオルなるものを購入。

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川村学園女子大の学生さんのデザインだとか。

布佐商興会が布佐のゆるキャラ「ふさだだしお」の缶バッチを売ってました。

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噂には聞いていたけど。

超ローカルなゆるキャラ。

drecom_puni_jp at 19:51|PermalinkComments(1)TrackBack(0)mixiチェック 我孫子 

2012年08月20日

分かち合いの教室

15日読了


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瀬川正仁著
『教育の豊かさ 学校のチカラ』
岩波書店 2012年

日本中にある、さまざまなユニークな「学校」を取材したルポ。
「学校」と言っても、「普通」の学校は1校しかなく、
それ以外に紹介されているのは一般の人にはなじみの薄い「学校」である。

それゆえ、「普通」の学校や教育現場で
通用するようなお話が載っているわけではなくて、
あくまでも、その「学校」の歴史や文化、そこに集う人々などに規定された
「特別な」学校に関するお話だ。

ここで紹介されている学校は、
地域あるいは教員の自由度が非常に高い。
さらに、少人数の子どもを手厚く見ている。
競争を意識せずに、生活に根差した総合学習を徹底している。
などの特徴がある。

教育関係者なら、
「そりゃ、お金があって、少人数で、受験も試験も意識しなくて良いなら
うちらだってできるよ」
と言いたくなるような内容だ。

現在の教員は様々なものに縛られており、
自信をもって、教材に向き合うことが難しい状況にある。
さらに、公立なら長くても8-10年程度での異動、管理職ならもっと短いサイクル。
一度に40人近い生徒を相手にする。
当然、一人一人の声に耳を傾けにくくなるし、サインにも気づきづらい。
あっちを立てればこっちが立たずで、40人を満足させるのは難しい。
それに、受験に縛られているため、どうしても受験対策を重視せざるを得ない。
特に中学校は高校入試がかなりの学習内容を規定してしまう。
しかも、最終的には「勝つこと」が求められ、常に競争にさらされる状況では
お互いからさまざまなことを学びあい、分かち合うという
教育の重要な部分が阻害されてしまう。

そんな、構造的な問題が指摘されています。


だからこそ、
恐らく、一人一人の実践を超えた、
学校単位、地域単位、あるいは教育政策単位
そんなところで、学ぶべきことがあるのではないか、
そんな風にも思える一冊。


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2012年08月18日

「ほどほど」って難しい?

13日読了

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香山リカ・橘木俊詔
『ほどほどに豊かな社会』
ナカニシヤ出版 2011年

何かとシンパシーを抱くことの多い
精神科医の香山リカさんと経済学者橘木俊詔さんの対談本!

両者の主張とも共感できるところが多いと思っていたら、
こんな対談本が出版され、あぁ、やっぱり共通するところがあるんだなと思いました。

書名にもなり、帯にも書いてあるように「ほどほどの豊かさ」をテーマにした本。

かなり端折って、大筋を紹介すると、
「完璧」な人間、「完璧」な母親、「完璧」な大人…
そういう完璧な自分を目指しつつ、
でも、核になるものがしっかりとできずに「挫折」してしまう人がたくさんいる。
また、「世界1位」「経済大国」「高度成長」「世界競争に勝つ」
そんな経済を目指して経済的な合理性を追求する中で疲弊する人や社会も顕在化してきた。

実は「完璧」な人間なんていないし、間違いながら、寄り道しながら生きているのが人間だし、
現在のような日本では、高度成長や「世界一」などは望まずに幸せになる道を追及することもできるはず。

だったら、「まぁ、こんなもんかな」「ほどほどに働いて、ほどほどに余暇も楽しんで」
そんな、ほどほどの豊かさを実現してゆく社会だっていいんじゃないの?

人間って、実はあんまり合理的じゃない。
そんな人間像を前提にしつつ、
現在のような、非正規で不安定な生活に甘んじるか、
正規で会社にすべてをささげるかではなく、
ほどほどに仕事と生活が両立できる社会を目指して
ワークシェアリングなどを導入しては?

そんな主張でしょうか。


「ほどほどに働いて、ほどほどに家事や育児もやり、ほどほどに余暇も楽しみたい」
そんな、考えはかなり支持されるはず。
ヨーロッパなどでは、現実になっているような部分も多いので、
決して、ワークライフバランスを考えると国民は貧しくなるというわけでも
世界一いじゃないと、あるいは中国や韓国に負けたら国民が貧しくなるというわけでもないのでしょうが、
うーん、どうも「オトナ」の世界ではあんまり受けがよくないのでしょうかね。

香山さんはこの点を
日本人が自らのアイデンティティーを
「世界トップの経済大国日本の国民」あるいは「アジアトップの日本の国民」
という形で持っているため、
単に、経済的にどうこうという「理屈」では収まりきらないんだと言っています。

なるほど、そうだとしたら、
経済大国、アジアトップの地位がなくなれば、
自己のアイデンティティがなくなるようなもの。

だからこそ、日本の「伝統」だとか、日本「固有」の文化なんかに飛びつきたがる
とも、香山さんは言います。


現在の社会は様々なものが多様化していると言われています。
だからこそ「みんなが飛びつくもの」=「超売れるもの」がなかなかできない。
それよりむしろ、デザインだったり、コンテンツだったり、
個人の好みや価値観にフィットするものが支持されたりする。

しかし、実は、世の中に見えている以上に人生は画一化しているのかもしれません。
一昔前、地域にはさまざまな職業の人、さまざまな年齢の人がいました。
学歴だってさまざま。
そんな社会で自然と身につくのは「あー、人間って色々なんだね」という考え方かもしれません。
ところが、「完璧な人間」あるいは「模範解答的な人間」
もっと、ざっくばらんに言えば「フツーの人間」なるものが存在し、
そこから外れると、ものすごく不利に感じる。
そんな様子が、特に子どもたちを見ていると見え隠れしています。
どこかで「まー、それも人生」というだけの余裕がない。
あるいは、それだけの「多様な人生」に触れていない。
そういう状況は、想像以上に「生きづらい」世の中かもしれません。


ほどほどの豊かさを享受する社会。

この考えには非常に共感できます。

さて、どうやったら、そのような社会にできるのか、
うーん、一筋縄では行かなそうです。

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2012年08月17日

四国弾丸ツアー 最終日

最終日は「今年はもう一か所は行くぞ!」
という意気込みを込めて買った青春18きっぷで
ぐるっと回って帰ります。

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第一走者
信越本線 432M
新潟8:50→長岡10:05

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第二走者
信越本線 1334M
長岡10:20→直江津11:47

長岡からは日本海に沿って走ります。

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日本海。

瀬戸内海や太平洋、なんかとは違う表情です。

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第三走者
信越本線 346M
直江津11:54→長野13:29

本日は諏訪湖の花火大会のため、
普通列車ですが、特急の車両を使用。

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途中の二本木駅はスイッチバック。

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新潟・長野の県境の途中です。

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第四走者
篠ノ井線 1536M
長野14:05→松本15:23

篠ノ井を出ると、山際をどんどん上ってゆきます。
そして…

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姨捨駅。ここから善光寺平と呼ばれる長野の盆地が一望できます。
日本三大車窓だとか。

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ちなみにこの駅はこの旅行3つめのスイッチバック駅。

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駅からは、はるか下の方に、線路が見えいかに急勾配かがわかります。

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第五走者
篠ノ井線・中央本線 9634M
松本15:55→小淵沢17:04

本日は諏訪湖の花火大会。
そんなわけで、急遽都会の電車が応援にやってきています。
それでも、すぐに満員になり、
乗客が多すぎてどの電車も10分程度遅れるといった具合。

第六走者
中央本線 346M
小淵沢17:10→甲府17:48

だいぶ遅れていたため、小淵沢では走って乗換。
山帰りの人もたくさんいて、かなりの混雑。

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第七走者
中央本線 564M
甲府18:08→高尾19:38

実際には、松本からの特急の遅れで10分以上遅れました。

第八走者
中央本線 特別快速2042T
高尾20:03→神田21:03

第九走者
山手線 神田→上野

第十走者
常磐線快速 上野→我孫子

第十一走者
成田線 893M
我孫子22:10→布佐22:26

そんなわけで、四国弾丸ツアーというには
どこにも言ってないツアーでした(笑)



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四国弾丸ツアー その2


2日目

やることも特にないので、のんびり過ごす。

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家に住みついている野良猫。

去年子供だったのが大きくなって、
新たに1匹加わり、合計3匹になってました。

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実家の階段。急こう配。
築80年くらいらしく、とりあえず、地震が来ないことを願うのみ。

そして、今回大活躍したのが

F1002100

こいつ。

なんか大量にコバエがいたので
買ってきてみたら、効果てきめんでした。

あと、風呂場に蜂が巣を作っていたり、
一方で、蚊はあんまりいなかったり、
虫も、千葉とはちょっと違うよう。


そんなこんなで、およそ24時間滞在したのち四国を後にします。


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第一走者
土讃線 4248D
阿波池田16:32→琴平17:18

車両の隅に小さくアンパンマンが。

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吉野川を通過して猪ノ鼻峠へ。

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途中、秘境駅&スイッチバック駅として有名な
坪尻駅を通過(ホームに1列車しか入れないから。)

ちなみにスイッチバックは、主に勾配の厳しい山間を鉄道で超える工夫で、
ここ、坪尻の場合、
F1002109

右が池田方面への線路。左は行き止まりの線路。後ろが坪尻駅。
池田方面へ向かう列車は、まず左の線路に入り、
バックして坪尻駅に入り、
今度は右側の線路に向かって出発してゆきます。

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第二走者
土讃線・予讃線 1254M
琴平17:27→高松18:20

琴平は、海上交通の守り神、こんぴらさんで有名。
なので、ホームには

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船の形をした珍しい洗面台が。

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ちなみに、琴平からは電化されているのですが、
関東ではあまり見ない架線。
架線が1本しかなくて、ちょっと心もとない感じ。

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第三走者
予讃線・瀬戸大橋線 快速マリンライナー58号
高松19:10→岡山20:03


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第四走者
山陽本線 1334M
岡山20:25→姫路21:54


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第五走者
山陽本線・東海道本線 新快速3544M
姫路21:57→大阪22:58

この日は、関西地方の大雨で新快速はすべて大阪止まり。
今夜の宿も、京都からだそうで

第六走者
東海道本線 快速846T
大阪23:13→京都23:56


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なんか、大阪で見る「新潟」って行先は
旅情を掻き立てますね。

第七走者
急行きたぐに
京都0:18→新潟7:30頃

大雨の影響と、京都発車直後に「小動物」に接触したため
約40分遅れでした。

本日の宿はこちら。

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中は三段寝台になっております。

昼間は座席になり、夜は三段寝台になって
昼夜を問わず全国を駆け回ったというこの電車は
まさに日本の高度経済成長の遺産。

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上段から見るとこんな感じ。

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上段はこんな感じで、お世辞にも広くはありません。
屋根がカーブしていますが、これが電車の天井。
網棚に寝ているような感じですね。

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中段はこんな感じ。

下段はもっと広いんですが、
高度成長期には出張に出かけるサラリーマンが
これを一夜の宿にして全国を駆け回ってたというから
なんだかすごいですね。

アナログなアイテムがたくさんちりばめられているのも
レトロ好きの私にはたまりません。

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狭い寝台ですが、小さな窓がついています。

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翌朝、米どころ新潟に入るとこんな感じの車窓が

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2012年08月16日

四国弾丸ツアー その1

8月13日~15日で四国の父親の実家に顔を出してきました。

滞在時間、およそ24時間ですが(笑)


第一走者
成田線 838M
布佐8:23→我孫子8:41

第二・第三走者
常磐線 快速電車
我孫子→北千住・北千住→上野

都内の窓口の混雑を避け我孫子で乗車券を購入。
ただ、お金をおろしていなかったので北千住でもう一度降りて、
りそなで旅行資金をGET。

第四走者
山手線
上野→東京

第五走者
東海道・山陽新幹線 のぞみ25号
東京10:30→岡山13:56

帰省ラッシュがやばいだろうということで
30分前から並んでいたのに、自由席は新大阪まで普通にがらがらでした。
むしろ新大阪から立ってる人もいる混雑具合で
びっくり。

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第六走者
瀬戸大橋線 快速マリンライナー39号
岡山14:42→坂出15:21

マリンライナーで瀬戸内海を超えます。
高知方面に向かう「南風」という特急があるのですが、
どんどん減車されて、現在は4両で、自由席は座れそうもなく…

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瀬戸内海。

何度わたっても、やっぱりなんだかわくわくしてきますね!

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どんなにYouTubeで、瀬戸大橋がたわむ映像を見ても
小さな島々が浮かぶ瀬戸内海を通過するのは楽しみ。

でも、100年後とかに、もし解体することになったらどうするんだろう
なんて想像する自分もいます(笑)

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第七走者 
予讃線 137M
坂出15:30→多度津15:44

ちなみに、四国の主な駅と岡山駅の四国方面行きホームでは
列車が入る前に瀬戸の花嫁が流れます。
少なくとも、夏に行ってこれを聞くと、
なんだか少しだけ感動します(笑)

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第八走者
土讃線 4263D
多度津 15:58→阿波池田17:06

多度津からは1両編成の気動車。

途中、讃岐財田から箸蔵にかけては山越えなので
ぐんぐん登り、そして長いトンネルをくぐるとそこは徳島県。
あんなに晴れていたはずなのに、
いきなり雨になりました。

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山を越えるとこのように池田の町を一望するように下りになります。
中央を流れるのは吉野川。

そして、目指す池田はちょうど川の向こう。
ここからUの字を描くようにカーブしながら下って行くわけです。

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そして、吉野川。

吉野川を渡るといよいよ池田の町に入ってゆきます。





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2012年08月09日

最近読んだ本

1カ月ぶりの更新。

いろいろ忙しいので、基本、書名だけで失礼!

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渡辺真由子著
『ネットいじめの真実』
ミネルヴァ書房 2008年

ネット環境の充実と携帯電話の普及
→常時つながることができる
→繋がらざるを得ないことと表裏一体
→つながらないことが恐怖
→自分の知らない裏のつながりがあるんじゃないかという疑心暗鬼

精神的な距離感は、大人でもなかなか取りにくいもの。
ましてや思春期の子供には難しいのは当然。
携帯によって物理的な距離感がなくなりつつある今、
なんとか、もう少し本格的に、現場でネット世界を扱えないものだろうか。


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久冨善之・佐藤博編著
『新採教師の死が遺したもの』
高文研 2012年

現在裁判になっている新採教員の自殺事件から
現場の教員がどのような環境に置かれているのかが見えてくる。

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土井隆義
『キャラ化する/される子どもたち』
岩波ブックレット 2009年

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直江清隆・越智貢編著
『高校倫理からの哲学1 生きるとは』
岩波書店 2012年

今のところ受け持っていないけれど、倫理教えるのも面白そうだなあと最近思っています。
倫理って、高校くらいだと、なんだか退屈に感じなくもないけど、
大人になると、ちょっと面白いかも。
ちょっとだけ、だけど。

F1002084

小坂井敏晶著
『人が人を裁くということ』
岩波新書 2011年

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三橋規宏
『日本経済復活、最後のチャンス』
朝日新書 2012年

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竹信三恵子著
『しあわせに働ける社会へ』
岩波ジュニア新書 2012年

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松島大輔
『空洞化のウソ』
講談社現代新書 2012年

早い話、日本がアジアに出てゆき、
出てゆきというか、アジアと一体になっていけば
日本企業は生き残れるという、本格的グローバル化論なのですが、
こういった話や、TPP推進の話なんかに出会うといつも思い出すのが
『平成狸合戦ぽんぽこ』というジブリ映画。

つまり
「変化できない並みの狸はどうすりゃいいんだろう」
って
いつも思うんですよねぇ。


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石川幹人
『生きづらさはどこから来るか』
ちくまプリマ―新書 2012年

F1002081

野中猛
『心の病 回復への道』
岩波新書 2012年

F1002088

伊坂幸太郎
『魔王』
講談社文庫 2008年

F1002090

伊坂幸太郎
『モダンタイムス』上下巻
講談社文庫 2011年

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伊坂幸太郎
『ゴールデンスランバー』
新潮文庫 2010年



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2012年07月15日

責任追及のパラドクスと大人の論理

最近テレビをにぎわせているいじめ問題。
もっとも、それでは最近いじめが増えたのかというと、
実は報道されていなかっただけで、いじめの数は極端に増えても減ってもいないのだろう。

さて、いじめのニュースで問題になっているのは
何故、さまざまな「証拠」がありながら、関係者(大人)はいじめを認めないのかということ。
このことについては、いろいろな見方や意見があるだろうから、
ことの推移を冷静に見てゆく必要があるのだろうけれど、
個人的な考えを言葉にしてみることにする。

まず、「何故認めないのか」ということ。

逆から考えてみると、認めると大変なことになるという認識があるのだろう。
どう大変になるのか。


子どもに身近な人から考えると、担任。
担任は、いじめを防げず、いじめが発覚しても止めたり、自殺を防げなかった
責任を追及されることになるだろう。
続いて、校長。
学校の責任者である校長は、学校で起こった「不祥事」の責任を追及されることになるだろう。
そして、教育委員会。
教育委員会は、管理責任を問われるかもしれないし、
今までのアンケートなどの状況を考えても、責任者の責任が追及されるだろう。
警察も、今までなんで遺族の訴えに取り合わなかったのか、
担当職員の責任が追及されるだろう。

つまり、いろいろなところで、「責任を追及される人」が登場し、
考えられることとして、責任ある個人が、スケープゴート的に処分されることが考えられる。


これは、組織単位でもいえることかもしれないけれど、
厳しく「責任」を追及しようとすればするほど、
その責任を取ることに躊躇してしまうということはあるのではないだろうか。

ある意味では、「責任」が持てないからという理由で
シャッターを閉めたJRや、
災害時の開放を拒んでいる企業などとも共通するかもしれない。

要するに、「責任」を厳しく追及する結果、
「責任」問題があらかじめ生じないよう「回避」するのか、
それができないから、何とか「責任があった」ことを「認めない」のかの違いに過ぎないのではないか。


さらに、「いじめ」の定義の問題。

「いじめ」というと、それぞれ個々人の経験などから
いろいろなものを想像するだろう。
逆に言えば、「いじめ」か「いじめではない」かの線引きは非常に微妙で、
ある人から見れば「いじめ」でも別な人は「そのくらいは別に…」という場合もありうる。

文科省的には
「心理的・物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」
という定義で、要するに、いじめられた側が「いじめ」だと感じたらいじめになるという感覚に近い。

そうだとすると、今回の件も、どんなに教員が「いじめではない」と思っていても、
本人がいじめだと感じていたらいじめだということになる。
(しかも、周りの生徒もいじめだと認識していたらしい)。


さて、そして「いじめと訴訟」の問題。

では、何故かたくなに「いじめ」を認めない、
あるいは「いじめによる自殺」だと認めないのか。

おそらく「訴訟」になっていることが影響しているのではないか。

もし、「いじめ」だった。
自殺の原因は「いじめ」だった=因果関係があった。
ということは、自殺に対する責任がある。
即ち、損害賠償責任が生じてしまう、
ということになる。

ちなみに、これは「自殺」でなくても
例えば「うつ病」だとか「不登校」だとか「転居を余儀なくされた」でも同じことだろう。

もしこうなると、結構大変なことだ。
何故なら、「本人がいじめだと思った」ことによって発生したことについては
ひたすら損害賠償責任が発生してしまう恐れがある。
これは、全国各地でいじめが日常的に起こっていることを考えれば、
非常に大きなことだと想像がつく。

これは、「原爆」との因果関係
「水俣病」の認定、「東京大空襲」の国家責任、
さらには「職場のいじめとうつ病」の因果関係、
「長時間労働と自殺」「過労死」の認定などなど、
傍目に見たら「そりゃ因果関係あるだろう」というようなことでも
「必ずしも因果関係があるとは言えない」といって
訴訟で否定されるさまざまなことと似ている。

つまり、訴訟における「責任」や「因果関係」という言葉は、
一般にそれらの言葉を使う時よりも重いのである。

だからこそ、簡単に「責任」や「因果関係」を認めることができないのではないか。


さらに、学校の問題としては、
冷たく言えば「一人の生徒が自殺しても、残りの生徒の日常生活は守らねばならない」
という意識が働くのかもしれない。
非常に大きな問題であるけれど、
残っている一人一人のせいとのことを考えたら、
ことを大事にするのではなく、穏便に、隠密に処理したい
そして、できれば早く、なかったことにしたい
という意識が働いてもおかしくはない。

勿論、それがいいのかどうかというと、恐らくよくないだろう。

しかし、例えば授業時間を削ったり、
あるいは、例えば1週間学校をお休みにして調査をするなどということになった場合、
すべての親から文句が出ないかというと、微妙なところだろう。


さらに、大人の側の都合の良い論理も感じられる。
確かに、いじめはよくない。それによって、転校に追いやられたり、自殺したりする生徒がいるのも
絶対によくない。

では、それは、学校だけ、子どもだけの話だろうか。

実は、子どもは、大人社会の姿をよく見ているのではないだろうか。

会社にいじめや差別はないのだろうか。
家庭でいじめだとか、兄弟間での扱いの差などはないのだろうか。
先生たちの間に、いじめのようなものはないのだろうか。
社会全体にいじめや差別はないのだろうか。

ないわけないだろう。

もし、「ない」、あるいは「会社でいじめみたいに見えるのはいじめじゃない」
と大人が言うならば、
まさにいじめは、「いじめられた側」の感じ方が重要という
先ほどの話と同じで、
言ってみれば、「いじめがある」「差別がある」と感じる人がいることへの配慮がないか、
それは「仕方ない」と目をつむっているかということだろう。
言ってみれば、今、追及されている人たちと同じ視点だということだ。

そんな大人の姿を見せながら、
「学校(だけ)では」「子どものうち(だけ)は」いじめは駄目です、仲良くしましょう
などと言っても、おおよそ、説得力がない。


もうひとつ、それはどういう人間像が理想とされているかということ。

もしかしたら「いじめに屈しない強い個人」を理想としていないだろうか。
「弱いこと」は「克服すべきこと」だと、多くの人が思ってはいないだろうか。
あるいは、「失敗すること」は「よくないこと」と思っていないだろうか。

そういった「強い」ことを善とする社会では
「いじめられた側」はどう思うだろうか。
「失敗すること=弱者になること」はよくないとされる社会で、
「いじめられた側」はどう思うだろうか。「いじめた側」はどう思うだろうか。

簡単に「もっと相談すればよかったのに」という人もいるけれど、
「相談する」=弱いこと、失敗したことを認める
ということが、今の子どもにとっては
「よくないこと」だという風に思われてはいないだろうか。



ということで、思ったことをひたすら書いてみたけれど、
短くまとめてみよう。

・今の社会は個人や個々の組織の責任を厳格に追及しすぎていないか。
昔は、チームプレーで対応していたとよく言われる。
チームなんだから、共同責任で、ある意味、責任の所在はあいまいだ。
でも今は、個人(担任)、集団(学年や学校)の責任がはっきり追及される。
責任を追及するあまり、むしろ責任を取らないように回避したり、責任逃れをしたり、
結局責任も追及できず、真相にも近づけない、責任追及のパラドクス。

・いじめの定義はあいまいで、
文科省の定義にしたがった場合、かなり主観的。

・訴訟になった場合、「責任」を認め、「因果関係」を認めることは非常に重い。

・学校は多くの生徒を預かっている。しかも、スタッフに余裕はない。
学校の日常を止めることはできない。
そのくらい、今の現場には余裕がない。

・いじめは大人の社会にもある。それは子どもも知っている。
そのことを棚に上げて学校だけを叩いても
きっと子どもは冷めた目で見るだろう。

・「強者」が善とされる社会では、
「いじめ」を認めることは、自分を否定するくらい辛いことかもしれない。
人生のレースからの離脱が許されないかのような社会の状況では、
いじめを認めて、レースから外れることは恐怖。
「いじめられています」と訴えることは「私は弱い子です」とアピールするようなものだと
子どもは感じるだろう。


結局、いろいろややこしくなっているけれど、
「いじめ」を認めるかどうかという点に関して、
そして、「いじめでした」「防ぐことができなくて申し訳ありません」
という率直な対応をして、真相究明を早くしてほしいということが目的ならば、
「責任追及」や「訴訟」は必ずしも有効ではないかもしれない。

むしろ、真相究明を迅速にするためには
そういう「責任」論や「訴訟」とは切り離した方が良いのかもしれない。

例えば、生徒のアンケート。
もし、いじめに加担した、知っていたけど傍観したという生徒の
責任を追及したり、裁判沙汰になるといった前提でアンケートを取ったら
いろんな事実は明らかにならなかっただろう。


なんて思うけれど、どうなんだろうか。

drecom_puni_jp at 23:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 社会 

2012年05月20日

新書まつり


先週から今週にかけての読了


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竹信三恵子著
『ルポ 賃金差別』
ちくま新書955 2012年

賃金の話を「格差」ではなく、
「差別」として捉えて分析。
単なる「給料の差」ではなくて
「給料が安くて当然」「さまざまな権利がなくて当然」などなど
「差別してもいい人たち」というカテゴリーを作ることで
賃金差が発生しているという話。

賃金は労働の対価として払われている
→ならば同じ労働には同じ対価を
というところからスタートしているのだが、
日本の場合
「賃金は人に払っている」
という意識が非常に強いので
恐らく、単なる賃金差以上に
給与の格差が「正式なメンバー」か「そうでないか」という
身分の差と絡みやすいんだろう。

なんて思ったり。


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大江正章著
『地域の力―食・農・まちづくり』
岩波新書新赤版1115 2008年

さまざまな実践を紹介。
採算が合ってビジネスとして成り立つかどうかというところまで考慮しつつ
各地の地域独自の取り組みを紹介している。
やはり、「巨大な富」は生み出さないけど
そこでうまく経済を回して行ける、持続可能な経済とでもいうような
小さな経済スタイルを根付かせたいものだ。


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郷原信郎著
『思考停止社会』
講談社現代新書1978 2009年

コンプライアンスの問題などを扱っているもので
「決まりを守ること」だけを重視することが
いかに問題かを紹介。
「「法律で決まってるから守るべき」という学生が
最近多すぎるんです」と言っていた
ゼミの後輩のことを思い出す。

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冷泉彰彦著
『「上から目線」の時代』
講談社現代新書2141 2012年

日本語のそもそもの特徴から
さまざまな場面での、会話や行動のテンプレートが
崩壊していることや
価値観がぶつかり合う場面が多くなってきたこと、
社会の問題状況も複雑化していることなどが
「目線」を強く意識させているという内容。



F1002067

井田徹治著
『環境負債』
ちくまプリマ―新書178 2012年

中高生向けに書かれているものなので
やさしくさまざまな問題や取り組みが紹介されている。
コモンズの悲劇。
まさに、現在の日本の状況は、そうなのだろう。
日本が、頑張って何とかしようとしているのに
アメリカが、中国が、インドが、同じように取り組まないのは「ずるい」「意味ない」。
だから、日本もぶんどれるだけぶんどる。

やはり、自給できる範囲でやってゆく、
今までのように、大量に安いものが手に入ったのが異常なわけで、
それなりの対価を払って、利用できる分だけ利用する、
そんな「覚悟」が重要。



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2012年05月05日

憲法記念講演会ほか

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5月3日は毎年恒例
全国憲法研究会の憲法記念講演会でした。

今年の講演は上野千鶴子氏と中里見博氏。
「当事者性」にかかわる話で、なかなか面白かったです。

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そんなわけで読んでみた昨日読了

中西正司・上野千鶴子著
『当事者主権』
岩波新書 新赤版860
2003年

障害者運動を追いかけることで、
当事者が当事者として声を上げてゆくことの意義を
検討しており、
当時問題になっていた介護保険や障害者福祉の問題なども触れられている。
10年近く前の本なので、
そう、確かに90年代から2000年代の頭にかけての
当事者運動の意義は頷けるところなのだけれど、
2000年代後半以降どうなったのかが知りたいところ。


恐らく、子どもの問題もそうだけど、
あらゆる問題に関して、
90年代の評価というのが、これから重要になるんじゃないかと思う。
そして、それはまさに、私たち20代30代の生きてきた時代の評価
そのものになるんじゃないかなんて思ったり。

そういう意味では、「管理から参加へ」とか
「豊かさの問い直し」とか
そういった大きなパラダイムを経験していない今の大学生以下とは
やっぱりひとつ世代が違うんだろうなぁ。


ついでに、本日読了。

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本山美彦著
『民営化される戦争』
ナカニシヤ出版 2004年

いきなり読むにはちょっと難しかったけれど、
アメリカの行う現在の戦争が、
いかに私たちの想像を超えたものになっているのか、
軍産複合体と呼ばれるアメリカの巨大企業が
世界中の戦争や紛争などにどれだけ深く関わっているのか
それが、日本にどう影響するのかなどを
かなり詳細に綴った一冊。
なかなか衝撃的。

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2012年04月29日

読書

金曜日読了



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田中伸尚著
『ルポ 良心と義務』
岩波新書 2012年

国旗国歌法から13年。
法制化当初、2000年代前半までは
東京都はじめ大きな問題になり、
各地の学校では生徒も含め、
さまざまな意見が交わされ、まさに「話し合い」の精神にのっとって
思想・良心の自由をどう保障すべきかについて
多様な議論があったわけですが、
現在では、ほとんど議論もなく、
もはや過去の問題のようになっている国旗国歌問題。
大阪での条例化が問題となる中、
あの頃、何があったのか、
その後どうなったのか、
現在ではどうなのかを取材した一冊。

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2012年04月16日

走り去った成田線

先週の日曜日のこと、
柏に買い物に出かけての帰り道、
「成田線は踏切事故の影響で成田―安食間で運転を見合わせています」
という表示を見かけました。

踏切事故って大変じゃん!

ということで帰宅後いろいろ調べてみるも、
何故かニュースになってない。

でも、最近では成田線の車内放送で
「先日もこの成田線で踏切事故が発生したので安全には気を付けてください」
的な放送がよく流れる。

そして、10日の朝刊、東葛版にようやく記事を発見。

それによると…

8日午後4時頃、成田市郷部のJR成田線西野内踏切で、
同市の無職男性(77)の軽乗用車が、
通過中の上野発成田行きの普通電車に接触し、横転した。
男性にけがはなく、電車もそのまま走り去って成田駅に到着
乗客にもけがはなかった。
成田署の発表によると、現場は警報機や遮断機のある踏切で、
軽乗用車は踏切手前で停止していたが、
電車の通過中に前進して接触したという。
JR千葉支社によると、踏切内の軽乗用車の撤去などで
上下4本が運休し、約700人に影響した。

(読売新聞4月10日朝刊東葛版)



「電車もそのまま走り去って成田駅に到着」


そんなことあるんかい!

自動車と接触して横転してるのに気付かずに走り去るって、
普段は「異音を感知」とかでよく止まるのに…。

まぁ、けが人が一切出なくて良かったです。

という成田線クオリティーでした。

drecom_puni_jp at 00:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 成田線 

2012年04月15日

植物たち

ようやく暖かくなってきて春らしくなってきましたね。

我が家の庭の植物たちも次々と芽を出し始めました。

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今年種をまいたリンゴ「シナノゴールド」

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こちらはカエデ。

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こちらもカエデ。

カエデは羽のようになった種が特徴的です。

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こちらはどんぐり。コナラ…だろうか。

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こちらは梨。

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こちらも梨。合わせて10株発芽しました。

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拡大するとこんな感じで
リンゴによく似ています。

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こちらはケヤキ。今のところ3株発芽しています。
ケヤキは葉っぱに種がつきます。

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こちらはボケの花。

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こちらは3年目のレモンの新芽。

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2年目のカエデ。

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2年目のりんご。

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2年目のコナラ。

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発芽したばかりのコナラ。





drecom_puni_jp at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 趣味 

2012年04月01日

新年度になりましたね。

ついに、庭の桃2世が開花しました!

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それにしても濃いピンク。

この桃は、妹が生まれたときに植えた桃1世が
枯れる前に付けていた種が庭で発芽したもの。
なので桃2世です。

ちなみに桃1世は父親が剪定しすぎたため枯れるという
なんとも残念な感じでした。

しかも実生といって種がそのまま発芽したものなので
接ぎ木や挿し木ではないのです。

それが今年ようやく花をつけました。
初の花。

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昨日の強風でどうなることかと思いましたが
無事に咲いてくれてよかったです。

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こちらは2年目のりんご。新しい葉っぱが出てきました。

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けやきも蒔いてみたんですが、どうやら芽を出したようです。

さて、明日から福島に行ってきます。

drecom_puni_jp at 23:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 趣味