2011年03月26日
ご卒業おめでとうございます。
07の卒業する皆さん、
06の卒業する皆さん、
05の修了する皆さん、
広沢ゼミ、西原ゼミ、生協コープセブン店の卒業する皆さん、
そして、今年早稲田を卒業、修了される皆さん。
ご卒業おめでとうございます。
今年4年生で卒業する皆さんが入学した年は、
大隈講堂のリニューアルが完成し、
ハンカチ王子が入学し、
麻疹で休校になり、
そんないろんなことがあった2007年でした。
あれから4年。とっても早かった。
残念ながら、ちょうど2週間前に起こった地震の混乱は
いまだおさまらず、
被災地の方々は非常に苦しい生活を営んでいますし、
いまだ行方の分からない方も多数に上っております。
福島第一原発では被害を拡大しないための闘いが
日々繰り広げられています。
そんな中、放射性物質の汚染という
目に見えない不安との闘いも始まっています。
東日本を襲った地震も
日本全国、世界各地にさまざまな影響を及ぼしています。
まさに、日本社会が困難に直面している状況の中での
卒業ということができるでしょう。
そんな中、わずかではありますが、復興の音も聞こえ始めています。
これから社会に出るにあたって、
まず、どの業界でも日本社会のこの混乱状況に立ち向かわねばならないことと思います。
ひとりの市民としても、今までの生活様式を改めなくてよいのか、
ひとりひとりが考えなければならなくなるでしょう。
これから、長い長い復興が始まります。
長い復興の中で、私たち若い世代が必ず中心になるはずです。
元通り、勿論被災地で元通りの生活を送れるようにするのは
当然目指されることですが、
元通りの復興、それを超えた、新たな社会の創造。
その原動力となるのは、まぎれもなく私たち若者です。
今までの経験、大学での経験を活かして、
新しい社会を作る原動力になってゆこうではありませんか!
本日は、本当にご卒業おめでとうございます!
本日(25日)及び明日(26日)は
早稲田大学の卒業式及び修了式の予定でした。
計画停電やら余震やらによる混乱を避けるために
大学の判断でなくなってしまいましたが。
僕個人も、大学院の修了式があったはずで、
休みを簡単に取れない母親も、
恐らく最後の卒業式だろうということで、
ためていた休暇を取得して楽しみにしていました。
残念ながらその卒業式がなくなってしまいました。
それでも、個人的には
学部の卒業式を2年前に経験しているので、
まだ、仕方ないか、と思えるのですが、
今年、学部の卒業式を迎える予定だった
学部生のことを思うと、本当に残念でなりません。
もっとも、卒業式の式典がそんなに魅力的なのかと聞かれると、
うーん、多分そうでもない(笑)
確かに、オーケストラの演奏に合わせて
仰々しい恰好をした教授陣がぞろぞろ入ってきたり、
といった光景は、はたから見る分には荘厳な感じに見えたりもして、
親からすれば、「すごいなぁ~」と思うのかもしれない。
いや、確かに僕も思った気がする。
でも、式典自体は、総代の学位記授与や
博士号授与(これがまた長かった)があって、
総長の式辞とかがあって、
まあ、楽しいとは言い難いものだった記憶がある。
遠くから教授や博士の人たちが着ているガウンの上にまとってる
色のついた布(なんていうんだろう)の有無や
色の違いがどんなヒエラルキーを表しているのか
とか、そんなことを考えていた(笑)
それでも、一番最後に校歌斉唱というのがあって、
入学式とは違い、周りの見ず知らずの人たちと
大声で校歌を歌う、あの瞬間だけははっきりと覚えていて、
そして、あぁ、終わりなんだなぁ。
と思ったりした。
学部卒業式は応援団のパフォーマンスがあって、
「フレーフレー社学」とかみんなでやって、
やっぱり校歌や紺碧を
こちらも見ず知らずの人たちと肩を組んだりして歌って、
樽酒をみんなで飲んで、
なんか、それだけで楽しかったし、
学生生活に区切りを打ち、一歩歩み出す、
そんな瞬間を感じさせてくれるものだった。
05や03と写真を撮ったり、
普段はあまり関われなかったゼミの人たちとの追いコンや飲み会、
なんだかんだ言って、楽しい一日だった記憶がある。
そんな節目の一日を味わわせてあげられないことに、
本当に心苦しい思いがする。
今年卒業予定だった06や07、
バイト先の6年生や4年生、
広沢ゼミや西原ゼミの4年生や5年生、
いろんなところで同じ授業に出たり、
鳴子温泉で一緒に過ごしたりした4年生、
TAとして出席カードや試験でだけ関わっていたような4年生、
今年卒業式を迎えるはずだった人たちには
本当に心苦しい。
まぁ、僕は大学関係者ではないけれど。
教育法ゼミでは、
夜の追いコンは電車の関係などから厳しいかもしれないということで、
急きょ昼の昼食会を企画してくれていた。
けれど、大学からの
「自主卒業式禁止の通達」でそれも中止になってしまった。
それでも、今日は大学には袴姿の女子学生やスーツ姿の男子学生、
さらに親御さんや家族の方々なんかがたくさんいた。
校舎の外で学生同士語らう姿や
大隈銅像の前で家族そろって写真を撮る姿などは
やっぱりとっても微笑ましいものだ。
幸い早稲田では、卒業式は中止になったものの
生協の袴レンタルは通常通り行われた
(キャンセルもできたけど)。
恐らく多くの学生にとって今日が人生最後の卒業式であり、
学生生活に終止符を打つという人もたくさんいただろう。
生まれた時からわが子の成長を見守ってきた親としては、
いわば子どもがひとり立ちする瞬間でもあるはずである。
そのような大事な節目の日、
晴れ着を着て写真だけでも撮りたいというのはごく自然な感情だと思う。
うん、僕が親だったら絶対にそう思う。
昔、母親の古いアルバムを見たことがあって、
そこには、母親の短大の卒業式の写真があった。
キャンパスのいろんなところで祖母と母が2人で撮った写真が
何枚もあった。
そうだなぁ、僕も、学位記持って、
大隈銅像でも大隈講堂でも看板の前でも、
どこかで一枚でも、母親や父親と一緒に写真を撮ったら
きっと喜ぶんだろうな、なんて思ったりもする。
被災地でも、さまざまな学校で
困難を抱える中、卒業式が行われている模様だ。
余震の恐れ、物資の不足、そんなの東京どころの騒ぎではない。
それでも、卒業式が行われるのは、
やはり、節目というのが大切だからだろう。
卒業という節目は、
まさに、新たな一歩を踏み出すのを後押ししてくれる節目である。
別に厳粛である必要も荘厳である必要もない。
けれど、やっぱり節目は必要だ。
この状況で大人数が集まることのリスク、
周囲の目、それは理解できる。
でも、自主卒業式禁止の通達まで出すのは
ちょっと理解しがたい。
ただ、大学としてはやはり「周囲の目」が気になるのだろう。
批判されるのが今の社会では一番怖いのだ。
本当は卒業生本位で考えてほしいと思う。
でも、それが難しいほど、
今の大学は周囲の厳しい目にさらされているということだ。
僕は疑問を覚える。
ただ、それは大学を批判しても始まらないのかもしれない。
生協の、袴レンタルが中止されなかったのが
せめてもの救いかなぁなんて、思ったりもする。
卒業式は、本当に卒業生を祝い、そして送り出す場であってほしい。
節目を感じられる日であってほしい。
卒業生のみなさん、
本当に、ご卒業おめでとうございます!
早混のみなさん、広沢ゼミ、西原ゼミのみなさん、生協のみなさん、
皆さんからはいろいろなことを学ばせてもらい、
いろいろなことを与えてもらいました。
本当にありがとうございました。
皆さんの今後のご活躍期待しています!
またいつか、今日の日を思い出話にできる日が来ることを願っています。
2011年3月25日
06の卒業する皆さん、
05の修了する皆さん、
広沢ゼミ、西原ゼミ、生協コープセブン店の卒業する皆さん、
そして、今年早稲田を卒業、修了される皆さん。
ご卒業おめでとうございます。
今年4年生で卒業する皆さんが入学した年は、
大隈講堂のリニューアルが完成し、
ハンカチ王子が入学し、
麻疹で休校になり、
そんないろんなことがあった2007年でした。
あれから4年。とっても早かった。
残念ながら、ちょうど2週間前に起こった地震の混乱は
いまだおさまらず、
被災地の方々は非常に苦しい生活を営んでいますし、
いまだ行方の分からない方も多数に上っております。
福島第一原発では被害を拡大しないための闘いが
日々繰り広げられています。
そんな中、放射性物質の汚染という
目に見えない不安との闘いも始まっています。
東日本を襲った地震も
日本全国、世界各地にさまざまな影響を及ぼしています。
まさに、日本社会が困難に直面している状況の中での
卒業ということができるでしょう。
そんな中、わずかではありますが、復興の音も聞こえ始めています。
これから社会に出るにあたって、
まず、どの業界でも日本社会のこの混乱状況に立ち向かわねばならないことと思います。
ひとりの市民としても、今までの生活様式を改めなくてよいのか、
ひとりひとりが考えなければならなくなるでしょう。
これから、長い長い復興が始まります。
長い復興の中で、私たち若い世代が必ず中心になるはずです。
元通り、勿論被災地で元通りの生活を送れるようにするのは
当然目指されることですが、
元通りの復興、それを超えた、新たな社会の創造。
その原動力となるのは、まぎれもなく私たち若者です。
今までの経験、大学での経験を活かして、
新しい社会を作る原動力になってゆこうではありませんか!
本日は、本当にご卒業おめでとうございます!
本日(25日)及び明日(26日)は
早稲田大学の卒業式及び修了式の予定でした。
計画停電やら余震やらによる混乱を避けるために
大学の判断でなくなってしまいましたが。
僕個人も、大学院の修了式があったはずで、
休みを簡単に取れない母親も、
恐らく最後の卒業式だろうということで、
ためていた休暇を取得して楽しみにしていました。
残念ながらその卒業式がなくなってしまいました。
それでも、個人的には
学部の卒業式を2年前に経験しているので、
まだ、仕方ないか、と思えるのですが、
今年、学部の卒業式を迎える予定だった
学部生のことを思うと、本当に残念でなりません。
もっとも、卒業式の式典がそんなに魅力的なのかと聞かれると、
うーん、多分そうでもない(笑)
確かに、オーケストラの演奏に合わせて
仰々しい恰好をした教授陣がぞろぞろ入ってきたり、
といった光景は、はたから見る分には荘厳な感じに見えたりもして、
親からすれば、「すごいなぁ~」と思うのかもしれない。
いや、確かに僕も思った気がする。
でも、式典自体は、総代の学位記授与や
博士号授与(これがまた長かった)があって、
総長の式辞とかがあって、
まあ、楽しいとは言い難いものだった記憶がある。
遠くから教授や博士の人たちが着ているガウンの上にまとってる
色のついた布(なんていうんだろう)の有無や
色の違いがどんなヒエラルキーを表しているのか
とか、そんなことを考えていた(笑)
それでも、一番最後に校歌斉唱というのがあって、
入学式とは違い、周りの見ず知らずの人たちと
大声で校歌を歌う、あの瞬間だけははっきりと覚えていて、
そして、あぁ、終わりなんだなぁ。
と思ったりした。
学部卒業式は応援団のパフォーマンスがあって、
「フレーフレー社学」とかみんなでやって、
やっぱり校歌や紺碧を
こちらも見ず知らずの人たちと肩を組んだりして歌って、
樽酒をみんなで飲んで、
なんか、それだけで楽しかったし、
学生生活に区切りを打ち、一歩歩み出す、
そんな瞬間を感じさせてくれるものだった。
05や03と写真を撮ったり、
普段はあまり関われなかったゼミの人たちとの追いコンや飲み会、
なんだかんだ言って、楽しい一日だった記憶がある。
そんな節目の一日を味わわせてあげられないことに、
本当に心苦しい思いがする。
今年卒業予定だった06や07、
バイト先の6年生や4年生、
広沢ゼミや西原ゼミの4年生や5年生、
いろんなところで同じ授業に出たり、
鳴子温泉で一緒に過ごしたりした4年生、
TAとして出席カードや試験でだけ関わっていたような4年生、
今年卒業式を迎えるはずだった人たちには
本当に心苦しい。
まぁ、僕は大学関係者ではないけれど。
教育法ゼミでは、
夜の追いコンは電車の関係などから厳しいかもしれないということで、
急きょ昼の昼食会を企画してくれていた。
けれど、大学からの
「自主卒業式禁止の通達」でそれも中止になってしまった。
それでも、今日は大学には袴姿の女子学生やスーツ姿の男子学生、
さらに親御さんや家族の方々なんかがたくさんいた。
校舎の外で学生同士語らう姿や
大隈銅像の前で家族そろって写真を撮る姿などは
やっぱりとっても微笑ましいものだ。
幸い早稲田では、卒業式は中止になったものの
生協の袴レンタルは通常通り行われた
(キャンセルもできたけど)。
恐らく多くの学生にとって今日が人生最後の卒業式であり、
学生生活に終止符を打つという人もたくさんいただろう。
生まれた時からわが子の成長を見守ってきた親としては、
いわば子どもがひとり立ちする瞬間でもあるはずである。
そのような大事な節目の日、
晴れ着を着て写真だけでも撮りたいというのはごく自然な感情だと思う。
うん、僕が親だったら絶対にそう思う。
昔、母親の古いアルバムを見たことがあって、
そこには、母親の短大の卒業式の写真があった。
キャンパスのいろんなところで祖母と母が2人で撮った写真が
何枚もあった。
そうだなぁ、僕も、学位記持って、
大隈銅像でも大隈講堂でも看板の前でも、
どこかで一枚でも、母親や父親と一緒に写真を撮ったら
きっと喜ぶんだろうな、なんて思ったりもする。
被災地でも、さまざまな学校で
困難を抱える中、卒業式が行われている模様だ。
余震の恐れ、物資の不足、そんなの東京どころの騒ぎではない。
それでも、卒業式が行われるのは、
やはり、節目というのが大切だからだろう。
卒業という節目は、
まさに、新たな一歩を踏み出すのを後押ししてくれる節目である。
別に厳粛である必要も荘厳である必要もない。
けれど、やっぱり節目は必要だ。
この状況で大人数が集まることのリスク、
周囲の目、それは理解できる。
でも、自主卒業式禁止の通達まで出すのは
ちょっと理解しがたい。
ただ、大学としてはやはり「周囲の目」が気になるのだろう。
批判されるのが今の社会では一番怖いのだ。
本当は卒業生本位で考えてほしいと思う。
でも、それが難しいほど、
今の大学は周囲の厳しい目にさらされているということだ。
僕は疑問を覚える。
ただ、それは大学を批判しても始まらないのかもしれない。
生協の、袴レンタルが中止されなかったのが
せめてもの救いかなぁなんて、思ったりもする。
卒業式は、本当に卒業生を祝い、そして送り出す場であってほしい。
節目を感じられる日であってほしい。
卒業生のみなさん、
本当に、ご卒業おめでとうございます!
早混のみなさん、広沢ゼミ、西原ゼミのみなさん、生協のみなさん、
皆さんからはいろいろなことを学ばせてもらい、
いろいろなことを与えてもらいました。
本当にありがとうございました。
皆さんの今後のご活躍期待しています!
またいつか、今日の日を思い出話にできる日が来ることを願っています。
2011年3月25日