四国弾丸ツアー 最終日分かち合いの教室

2012年08月18日

「ほどほど」って難しい?

13日読了

F1002150

香山リカ・橘木俊詔
『ほどほどに豊かな社会』
ナカニシヤ出版 2011年

何かとシンパシーを抱くことの多い
精神科医の香山リカさんと経済学者橘木俊詔さんの対談本!

両者の主張とも共感できるところが多いと思っていたら、
こんな対談本が出版され、あぁ、やっぱり共通するところがあるんだなと思いました。

書名にもなり、帯にも書いてあるように「ほどほどの豊かさ」をテーマにした本。

かなり端折って、大筋を紹介すると、
「完璧」な人間、「完璧」な母親、「完璧」な大人…
そういう完璧な自分を目指しつつ、
でも、核になるものがしっかりとできずに「挫折」してしまう人がたくさんいる。
また、「世界1位」「経済大国」「高度成長」「世界競争に勝つ」
そんな経済を目指して経済的な合理性を追求する中で疲弊する人や社会も顕在化してきた。

実は「完璧」な人間なんていないし、間違いながら、寄り道しながら生きているのが人間だし、
現在のような日本では、高度成長や「世界一」などは望まずに幸せになる道を追及することもできるはず。

だったら、「まぁ、こんなもんかな」「ほどほどに働いて、ほどほどに余暇も楽しんで」
そんな、ほどほどの豊かさを実現してゆく社会だっていいんじゃないの?

人間って、実はあんまり合理的じゃない。
そんな人間像を前提にしつつ、
現在のような、非正規で不安定な生活に甘んじるか、
正規で会社にすべてをささげるかではなく、
ほどほどに仕事と生活が両立できる社会を目指して
ワークシェアリングなどを導入しては?

そんな主張でしょうか。


「ほどほどに働いて、ほどほどに家事や育児もやり、ほどほどに余暇も楽しみたい」
そんな、考えはかなり支持されるはず。
ヨーロッパなどでは、現実になっているような部分も多いので、
決して、ワークライフバランスを考えると国民は貧しくなるというわけでも
世界一いじゃないと、あるいは中国や韓国に負けたら国民が貧しくなるというわけでもないのでしょうが、
うーん、どうも「オトナ」の世界ではあんまり受けがよくないのでしょうかね。

香山さんはこの点を
日本人が自らのアイデンティティーを
「世界トップの経済大国日本の国民」あるいは「アジアトップの日本の国民」
という形で持っているため、
単に、経済的にどうこうという「理屈」では収まりきらないんだと言っています。

なるほど、そうだとしたら、
経済大国、アジアトップの地位がなくなれば、
自己のアイデンティティがなくなるようなもの。

だからこそ、日本の「伝統」だとか、日本「固有」の文化なんかに飛びつきたがる
とも、香山さんは言います。


現在の社会は様々なものが多様化していると言われています。
だからこそ「みんなが飛びつくもの」=「超売れるもの」がなかなかできない。
それよりむしろ、デザインだったり、コンテンツだったり、
個人の好みや価値観にフィットするものが支持されたりする。

しかし、実は、世の中に見えている以上に人生は画一化しているのかもしれません。
一昔前、地域にはさまざまな職業の人、さまざまな年齢の人がいました。
学歴だってさまざま。
そんな社会で自然と身につくのは「あー、人間って色々なんだね」という考え方かもしれません。
ところが、「完璧な人間」あるいは「模範解答的な人間」
もっと、ざっくばらんに言えば「フツーの人間」なるものが存在し、
そこから外れると、ものすごく不利に感じる。
そんな様子が、特に子どもたちを見ていると見え隠れしています。
どこかで「まー、それも人生」というだけの余裕がない。
あるいは、それだけの「多様な人生」に触れていない。
そういう状況は、想像以上に「生きづらい」世の中かもしれません。


ほどほどの豊かさを享受する社会。

この考えには非常に共感できます。

さて、どうやったら、そのような社会にできるのか、
うーん、一筋縄では行かなそうです。

drecom_puni_jp at 22:31│Comments(0)TrackBack(0)mixiチェック 趣味 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
四国弾丸ツアー 最終日分かち合いの教室